これまでの研究内容

 植物の生育環境におけるストレス要因の評価と,それに対する植物の生理学的な適応の歴史的な関係について研究を進めています.現在の地球上における人間活動の影響は,野外で”自然研究”を進める上でもはや無視できず,人間活動が野生植物に及ぼす影響を定量的に評価することは非常に重要であると考えています.地球環境変動や広域大気汚染,植生利用の変化などの影響評価に関する研究を,生理生態学・生物環境物理学・森林水文学など分野横断的に手法を取り入れてすすめています(森林水資源学会誌の巻頭に書いた自己紹介).今までこんなテーマで研究を行ってきました. 

  • 多雪地でヒメアオキやユキツバキはどのように生育しているのか
  • 北極の大規模氷河後退地では,どんな生態系ができるのか
  • 大気汚染がどのような仕組みでアカマツの光合成を低下させるのか*
  • 林床植物が林冠の樹木にどのような形で影響を与え,遷移を進行させているのか*
  • ブナ科樹木の水通導システムの解析(放射孔材)
 現在は,水循環の生態学をテーマに

  • 急激に進行している温暖化が本州中部山岳地域の生態系に及ぼしている影響
  • 大陸からのオゾンやSOxなどの広域大気汚染が日本の山岳植生に及ぼしている影響*
  • 林床の光環境を林冠構造から,あるいはその逆を推定する方法の開発
  • 屋久島の森林動態の解析
  • 林冠環境の分散構造の解析
  • 過重力環境下での植物成長
などのテーマを中心に研究を進めています.


過去の研究の簡略な説明

・ユキツバキやヒメアオキの多雪地への適応

 本州以北の日本海側の多雪地帯には匍伏型をとる常緑広葉低木(ユキツバキ、ヒメアオキ等)が分布し,太平洋側には近縁な系統(ヤブツバキ・アオキ等)が分布している.これらの植物は共通の祖先種から分化してきたと考えられ,過去の気候変動に伴う種分化と環境適応を考える上で非常に良い題材である.そこで,常緑広 葉低木の多雪環境への適応を生理生態学的手法によって解析することを試み,ヒメアオキとアオキ,ユキツバキとヤブツバキの生理生態学的比較を行った.それ ぞれの生育地で年間を通して光や温度などの物理的な微環境を把握し,同時に植物側の光合成・呼吸,気孔の反応特性,葉緑体やミトコンドリアの形態変化, シュートのアロメトリー、積雪下での呼吸消費率の解析などを行った.そして,本州日本海側においては,低温耐性よりは長期間の積雪の存在による年間物質生 産の減少が形態や生理特性に大きな影響を与えている事を示し,種群が異なるとそれに対する適応の仕方も異なっている事を明らかにした.特にアオキ・ヒメア オキの解析では,積雪の有無による生理生態学的分化よりも,多雪環境下での繁殖効率の維持が形態の分化に大きな影響を与えていることを示した.
 関係論文 ・ 学位論文


・地球環境変動に伴う北極の氷河後退域における生態系変動

 気候変動にともなう氷河末端の急激な後退が生態系にどのような影響を与えるかを,北極圏Svalbard諸島Ny-Alesundにおいて研究し,極域においては他の気候帯とは異なった生理生態学的要因が生物過程に大きく影響していることを示した.

 氷河後退後の一次遷移進行メカニズム解明の鍵となるムラサキユキノシタの生育特性の解析を,遷移の進行と密接に関係する土壌発達過程の解析と同時に行った. そして,地上部の生育形や根の発達様式の違いが,繁殖特性,水利用効率などの生理生態学的特性,さらに撹乱や遷移の進行に対する反応特性の違いと密接に結 びついていることを示し,同一個体群内での多型維持の重要性を明らかにした.
 遷移の進行と密接に関係する土壌からのCO2放出プロセス及び物質循環の解析も平行して行った。極域の土壌は低温環境に特化しており,温帯の土壌のように短期間の温度変化には順化しないことがわかった。
 関係論文

  北方の生態系では、ミズゴケなどの蘚苔類の物質循環における役割は重要であるが、従来の成長量測定法は精度や信頼性で問題が多かった。そこで、直接ミズゴ ケに接触刺激を与えずに、含水率の変化から純生産を推定する方法と、方形メッシュを測定時にだけミズゴケ群落上方に固定しメッシュと群落の距離の変化を成 長量に換算する二つの方法を考案した。
 関係論文


・自動車排気ガスが野外のアカマツに及ぼす影響

 大気汚染物質がアカマツなどの針葉樹に与えるストレス作用機構の解析と,樹木の診断手法の開発を,広島,丹沢・大山,屋久島などで行った.NOxなど,それ自体は植物への毒性が低い汚染物質が大気環境中で光化学変化し,朝露や霧等の液相中に集積されOHラジカルを発生させること,そして,OHラジカルの発生が,オゾンストレスと類似した葉の生理活性の低下を引き起こすことを示した.また,野外における針葉からのエチレン放出の簡易測定法を開発し,大気汚染ストレス指標としてのエチレン放出の重要性を示した.ディーゼル排ガス(NOx)は,気相+液相光化学反応を経て,道路周辺のアカマツの生長を低下させていることを示した(PM2.5も多分効いてます).
 関係論文


・遷移過程における水循環変化の影響

 森林の遷移の進行に伴い,林床表面のリターの堆積や下層植生が発達するようになり,日本の温帯地域では土壌への水浸透が数十%程度減少する.また,樹冠の形 態が個々の樹木の雨水獲得効率に大きな影響を与えていることも明らかになってきた.しかし,このような雨水の林内分布変化の影響が樹冠の葉の生理生態学的 特性に及ぼす影響はほとんど評価されてこなかった.そこで,林床が管理され落葉かきや下層植生の除去が行なわれているアカマツ林と管理放棄されたアカマツ 林の針葉の状態を比較した.その結果,林床管理停止に伴う遷移の進行にともない,アカマツが利用可能な雨水量が減少し,下層植生との競合が増大し,上層の アカマツ針葉に大きなストレスがかかることを示した.アカマツ林の立地と管理状況が,アカマツ人工林衰退を左右する大きな要因であることを明らかにした.
 関係論文


・立山での研究について

 富山・黒部・立山を中心とした山岳・多雪地域の生態学研究を目指しています.黒部川上流の黒部ダム(標高1467m)では,この40年間に2.5℃以上も気温が上昇しています.また,冬季の融雪量も増加しているようです.大陸,特に中国から移送されてくる各種大気汚染物質日本の自然環境に影響を与え始めています.立山は,氷河時代から連綿と生き残ってきたライチョウやチョウノスケソウ等の北方系動植物群の地球上の分布の南限に位置しており,世界的に見ても貴重な自然環境が保たれてきました.温暖化などの環境変動や,百万人を超える観光客,広域大気汚染などの人為的ストレスが,立山の自然にどのような影響を与えているのかを科学的に定量化し,適切な社会活動を進めるための野外環境研究を進めています.