森林生産制御学研究室

九州大学演習林

概要

備忘録

業績 Publications

名前:内海 泰弘(Yasuhiro Utsumi)

職名:九州大学大学院農学研究院准教授

職場:農学部附属演習林演習林

興味:木材組織学,植物生理学,植物民俗学,森林生態学,森林管理学,地域の持続的発展

連絡先:utsumi(at)forest.kyushu-u.ac.jp


これまで学生の皆さんや教職員の方々と行ってきた取り組みをいくつかご紹介します(詳細については"業績"の欄を参照ください).

A 樹木の内部構造と個体の生存戦略

A-1 樹木の樹幹の内部構造と葉寿命の違いが木の生き方に与える影響

 樹木が根から葉まで水を運ぶ通水経路は樹種により様々です.辺材(木部の外側の生きている細胞を含む部分)の全体が通水経路だと考えられている樹木もあれば,木部のごく限られた領域で水を運んでいる樹木もあります.さて,私の所属する九州大学演習林の3つの森には400種以上の樹種が生育しています.

宮崎県椎葉村の中間温帯林

そのうち44種の落葉広葉樹と34種の常緑広葉樹の通水経路の種間差を調べたとろ,環孔材とよばれる大きな道管を年輪境界に接して持つ樹種では大きな道管の通水機能は全樹種で1年間に限定され,小さな道管は樹種によって通水機能の失い方が異なることがわかりました.また,散孔材とよばれる年輪内に比較的道管が散在している樹種ではより内側の年輪まで通水機能を持っており,樹種によって年輪全体の道管が通水するもの,年輪前半分の道管が通水に寄与しているもの,逆に年輪後半の道管が通水に寄与しているものが存在していました.

木部の横断面.左,針葉樹(モミ),中央,広葉樹散孔材(ブナ),右,広葉樹環孔材(ミズナラ)

常緑広葉樹でも落葉広葉樹と同様に樹種による通水経路の多様性が存在していることがわかり,その要因として道管径のサイズが大きく関わっていることが示唆されています.

・Umebayashi, T., Utsumi, Y., Koga, S., Inoue, S., Fujikawa, S., Arakawa, K., Matsumura, J., Oda, K. and Otsuki, K. (2010) Xylem water-conducting patterns of 34 broadleaved evergreen trees in southern Japan. Trees 24:571-583 DOI: 10.1007/s00468-010-0428-7
・Umebayashi, T., Utsumi, Y., Koga, S., Inoue, S., Fujikawa, S., Arakawa, K., Matsumura, J. and Oda, K. (2008) Conducting pathways in north temperate deciduous broadleaved trees. IAWA Journal 29: 247-263
・Umebayashi, T., Utsumi, Y., Koga, S., Inoue, S., Shiiba, Y., Arakawa, K., Matsumura, J. and Oda, K. (2007) Optimal conditions for visualizing water-conducting pathways in a living tree by the dye injection method. Tree Physiology 27: 993-999 ・


A-2 光環境が悪化した樹木の伸長成長と肥大成長の抑制と停止

 御大に生育する樹木が光が十分ある環境に生育すると,毎年伸長成長(樹高の増加)と肥大成長(年輪の形成)を繰り返して,成長を続けます.しかし,光環境が悪化すると両成長が抑制され,最悪の場合個体が枯死しします.光環境が悪化する時に年輪の形成が抑制され,年輪を1年間全く作らない場合があることがこれまでに知られていました.一方で,樹幹の上下での年輪欠損の頻度や,伸長成長の長期的な停止についてはよく調べられていませんでした.そこで一定期間低光環境で生育したトドマツの樹幹を詳しく解析してみると,年輪欠損が樹幹全体で高頻度に発生し,その頻度は樹幹下部ほど大きくなることがわかりました.また,伸長成長も1年以上停止することがわかり,この現象を仮に”伸長欠損”と呼ぶことにしました.樹木は光環境に応じてある程度自在に樹形を変えたり,動きを止めたりしながらしぶとく生き残ろうとしているのでしょう.

被陰により頂芽の伸長が抑制されたトドマツ

・Yasuda, Y., Utsumi, Y., Tan, X., Tashiro, N., Fukuda, K. and Koga, S. (2018)Suppression of growth and death of meristematic tissues in Abies sachalinensis under strong shading: Comparisons between the terminal bud, the terminally lateral bud and the stem cambium.Journal of Plant Research 131:817-825 https://doi.org/10.1007/s10265-018-1051-8
・Yasuda, Y., Utsumi, Y., Tashiro, N., Koga, S., Fukuda, K. (2018) Cessation of annual apical growth and partial death of cambium in stem of Abies sachalinensis under intensive shading. Journal of Plant Research 131: 261-269 DOI: https://doi.org/10.1007/s10265-017-0984-7


B 植物の伝統的利用法についての民俗学および自然科学的理解

 現代の日本では,地域外で過去に生成された化石資源に大きく依存して生産活動を行うことが主流になっています.しかし,生活圏外の化石資源を永久に利用することは困難です.九州大学宮崎演習林が所在する宮崎県椎葉村は九州の脊梁山地中央部に位置し,土地の96%を森林が占める山村です.椎葉村の方々は持続的に利用できる資源として,森林に大きく依存して生活してきました.昔の苦労話を伺うと,単純な自給自足を指向すべきとは思いませんが,地域の資源を持続的に利用する生活様式として,過去の記憶の中に埋もれつつある焼畑農業を中心とした持続的な生活や植物利用の民俗知を科学的に記録し活用する必要があると感じています.

B-1 焼畑を基盤とする持続的な森林利用

 九州の山岳地帯は,かつて焼畑農業の盛んな地域でした.山地に暮らす人々にとって,食料を焼畑から得ることは九州に限らず近年まで各地で普通に行われてきたことです.宮崎県椎葉村は標高が高いため九州としては冷涼で常緑性のシイ類やカシ類だけでなく落葉性のナラ類やシデ類も多く生育し,針葉樹ではモミ,ツガの蓄積が大きい多様な森が存在します.椎葉村の人々は都市部から地理的に隔絶し,現金収入を得る手段も乏しかったため,生活に必要な物資の大部分を周囲の森に依存してきました.

様々な樹種が生育する椎葉の雑木林

 椎葉の二次林は1970年代になるとスギの造林地に転換されましたが,それ以前は焼畑として繰り返し利用されてきました.焼畑開設時にはこの森を伐採した後に林地を焼き,残った灰を肥料としました.焼畑には春に火入れする春ヤボと,夏に火入れする夏ヤボがあり,春ヤボの1年目にヒエを,翌年からはアワやアズキなどを2,3年作りました.土地の殆どが斜面ばかりで水田が作れませんので,土地が肥えた1年目に主食となるヒエを収穫する必要があったのです.一方,夏ヤボでは1年目にソバを作り、2年目にヒエやアワ、3年目にはアズキやダイズを作りました.夏ヤボの1年目は冬が来るまでの時間が短いため,生育期間が短いソバが適しています.


収穫されたヒエ


ソバの花

 夏ヤボは住居に近い若い林地に,春ヤボは少し離れた高標高の古い林地にそれぞれ開設されます.これは春ヤボの主要作物であるヒエが冷涼な環境を好むためです.春ヤボの場合は15~20年、夏ヤボの場合は7、8年放置して草木の生育を待つ期間が必要です.肥料となる樹木がよく育った春ヤボでヒエを作り,痩せた土地でもよく育つソバは夏ヤボで作りました.2年目以降の焼畑は土地が次第に痩せていきます.土地のよいところでは引き続きヒエやアワを,悪いところではアズキやダイズを作りました.アズキは数少ない換金作物として,都市部との交流が増えるに従い重要性が増したようです.

・椎葉康喜,内海泰弘 (2010) 宮崎県椎葉村大河内集落における焼畑農業. 九州大学農学部演習林報告 91: 34-39
・椎葉康喜,内海泰弘 (2011) 宮崎県椎葉村大河内地区における焼畑作物. 九州大学農学部演習林報告 92: 24-32
・椎葉康喜,内海泰弘(2014)宮崎県椎葉村大河内地区の焼畑民具.九州大学農学部演習林報告 95: 21-34


B-2 焼畑を基盤とする持続的な森林利用

 椎葉では「B-1 焼畑を基盤とする持続的な森林利用」で述べたように居住地域周辺の森林を資源として生活してきました.住居や道具といった生活資材の大部分も周囲の森から得ており,たとえば椎葉の森で蓄積が多いモミとツガという針葉樹の高木は,それぞれ家を作るときの柱には耐久性が高く狂いが少ないツガを,棺桶を作るときには腐朽しやすいモミを使う,という具合に使い分けています.生活に使われる植物は樹木だけで100種類以上あり,長年にわたり蓄積されてきた地域の民俗知による効率的な森林利用が具現化されたといえるでしょう.

椎葉村の伝統的家屋(鶴富屋敷)

・内海泰弘,村田育恵,椎葉康喜,井上晋 (2007) 宮崎県椎葉村大河内集落における植物の伝統的名称およびその利用法Ⅰ.高木.九州大学農学部演習林報告 88: 45-56
・内海泰弘,村田育恵,椎葉康喜,井上晋 (2008) 宮崎県椎葉村大河内集落における植物の伝統的名称およびその利用法II.低木.九州大学農学部演習林報告 89: 51-62
・内海泰弘,村田育恵,椎葉康喜,宮島裕子,井上晋 (2010) 宮崎県椎葉村大河内集落における植物の伝統的名称およびその利用法III.つる,竹. 九州大学農学部演習林報告 91: 15-18


B-3 伝統的な木材利用の樹種選択の材質学的評価

椎葉村では生活の様々な用途に応じて周辺の森林生育する高木や低木を選択的に利用してきました.たとえば,同じ柄木であっても,比較的長い部材が必要な造林鎌ではやや軽いヤマグワ(密度0.6強)を,より強度が求められる鉈にはカマツカ(密度0.9弱)を使うと行った具合です.しかし,これまでこのような人間の感覚による樹種選択の材質学的合理性については評価が行われていませんでした.地域の森林資源をこれから利用する際にこれらの伝承文化を科学的妥当性を評価した上で生かしていく必要があると考えています.

造林鎌(柄木はヤマグワ)

鉈(柄木はカマツカ)

・内海泰弘,椎葉康喜,村田育恵,安田悠子,古賀信也,永井智,井上晋(2017)宮崎県椎葉村における伝統的木材利用樹種の物理的・機械的特性および耐久性評価.木材学会誌 63:73-85


C 演習林フィールドでの調査とモニタリングに基づく森林管理

演習林は「林学に関する教育研究に必要な施設」として大学設置基準に定められた施設であり,森林フィールドに関係する様々な分野からの教育研究利用が期待されています.九州大学には北海道演習林(足寄町),福岡演習林(久山町,篠栗町,福岡市),宮崎演習林(椎葉村)の3つがあり.宮崎演習林と福岡演習林,北海度演習林あわせて17年ほどお世話になっています.演習林の教育研究価値が高まるよう,教職員の皆さんと連携しながら森林管理に携わってきました.

C-1 森林動態モニタリング

 森林は一見すると変わらない姿のまま昔からそこにあるように感じられます.これは多くの樹木の寿命が人間と比べて長いことが一つの要因でしょう.しかし,森林に生育する樹木を中心とした生き物は同種間および異種間での厳しい生存競争を行っており,森の様相は刻々と変化しています.森林の構造は気候と人為的影響により多様な姿を見せることから,日本各地で森林の動態が長期的に観測されてきました.このような森林動態に関する全国的なモニタリングネットワークとして環境省モニタリングサイト1000Japan Long-Term Ecological Research Networkがあります.九州大学では北海道演習林を端緒として,福岡演習林と宮崎演習林でもこれらのネットワークに参画し,長期的な森を移り変わりを記録し続けています.

環境省モニタリングサイト1000 椎葉サイト

・中村琢磨,田代直明,久保田勝義,南木大祐,村田秀介,井上幸子,緒方健人,長慶一郎,山内康平,馬渕哲也,壁村勇二,扇大輔,大崎繁,菱拓雄,古賀信也,内海泰弘(2017)北海道東部の落葉広葉樹林における11年間の森林動態.九州大学農学部演習林報告 98:1-12
・緒方健人,菱拓雄,田代直明,榎木勉,内海泰弘,鍜治清弘,長慶一郎,山内康平,久保田勝義,壁村勇二,井上幸子,椎葉康喜,馬渕哲也,長澤久見,村田育恵(2017)九州大学宮崎演習林における長期森林動態モニタリングプロット8年間の推移.九州大学農学部演習林報告 98:18-25
・榎木勉,久保田勝義,鍜治清弘,壁村勇二,椎葉康喜,井上幸子,内海泰弘 (2013) 九州大学宮崎演習林の長期森林動態モニタリングプロット. 九州大学農学部演習林報告 94: 40-47


C-2 ニホンジカと植生の相互作用

 宮崎演習林ではかつて優先的な下層植生であったスズタケというササが消失していくと共に,ニホンジカによる人工林への被害が認められるようになりました.そこで森林総合研究所の調査を引き継ぐ形でスポットライトセンサスを中心としたニホンジカの生息密度モニタリングを2005年から開始しました.近年はニホンジカの増加が全国的な問題となり,北海道演習林と福岡演習林でも同様の調査を継続的に行っています.

キュウシュウジカの親子
背景にはシカの忌避する有毒植物のアセビが繁茂

・南木大祐,井上幸子,緒方健人,久保田勝義,長慶一郎,中村琢磨,村田秀介,山内康平,田代直明,菱拓雄,智和正明,内海泰弘(2018)十勝平野北東部におけるエゾシカ生息数の年変動とミズナラ造林木への食害.九州大学農学部演習林報告 99: 22-25
・壁村勇二,榎木勉,大崎繁,山内康平,扇大輔,古賀信也,菱拓雄,井上幸子,安田悠子,内海泰弘(2018)九州大学福岡演習林におけるニホンジカの目撃数増加と造林木および下層植生への食害.九州大学農学部演習林報告 99: 18-21
・村田育恵,井上幸子,矢部恒晶,壁村勇二,鍜治清弘,久保田勝義,馬渕哲也,椎葉康喜,内海泰弘(2009) 九州大学宮崎演習林におけるニホンジカの生息密度と下層植生の変遷.九州大学農学部演習林報告 90:13-24


C-3 かすや樹木園とかすや資料館

 福岡演習林では1933年から生ヶ谷団地に樹木園(見本園)が整備されましたが,戦後は管理が不十分な状態が続いていました.その後,高辻,大浦,鬼ヶ浦団地に林木育種試験地が設定され,1976年の「九州大学産業植物園計画」にもとづき生ヶ谷団地にある従来の樹木見本園に代わる植物園を設置しました.1986年には「産業植物園」から「資源植物園」に名称が変更されましたが,時間の経過と共に植栽木とその後に侵入した樹木が混在し,当初の構想と,後の状況に著しい乖離が生じるようになりました.そこで地域に立脚した樹木を中心とした植物園であることを明示するため「資源植物園」から「かすや樹木園」への名称変更が2014年に行われました.かすや樹木園は樹木学区,進化花木区,人工林展示区,有用樹木区,産業樹木区,街路樹区,北海道演習林区,宮崎演習林区,外国産樹木区,台湾区,亜熱帯区,珪化木区,植生遷移モニタリング区,里山林動態モニタリング区,森林動態展示区に区分されています.進化花木区では近年の分子系統学の知見を反映した分類体系によるゾーニングを用いた整備が進められています.また,演習林が長年にわたり保存してきた各種資料を樹木園内に設置した「かすや資料館」で展示,公開しています.

進化花木区のゾーニング
散策しながら樹木の進化の過程を巡る

・井上一信,大崎繁,山内康平,壁村勇二,浦正一,扇大介,大東且人,柳池定,長澤久視,中江透,古賀信也,川嶋弘美,井上晋,内海泰弘(2014)福岡演習林樹木園に植栽された樹木の生存率.九州大学農学部演習林報告 95: 45-64